銭湯は健在

「しんちゃん、よー、小学校の上のおばさんが、またなんとかいよったでー。」昨日のこと、久しぶりに行った下津井の家の近所のおばさんが私を呼び止めた。
どうやら、いわれの無い文句を山口の孫に伝えてくれと、近所のおばさんは承ったらしい。通りから路地に入るなり、頭の後ろから、大声で「しんちゃん、よー」とは、気持ちがいいものだ。まるで、いつもそこに住んでいるかのように、何の迷いも無い。
数年前から知っているが、どうやらその小学校の上のおばさんがいうには、施設に入っていたはずの祖父が勝手に抜け出し、小学校の上にある畑の上の段のそのおばさんの法面を、祖父がケズッて、悪さをしているということだ、そんなはずはあり得ないのだが、当のおばさんにとっては、一大事で、草刈に出掛けていった当時の私を捕まえて、文句を言って来たのだった。
「ようわからんのですわ。草に隠れとるし、もしかしたら、誰かがしたんかもしれんなあ。まあ、うちのじんさんじゃあないけどな。」
やんわりと否定してから数年後、ヤアさんの元妻を自称するおばさんは、私の実家の近所のおばさんの家まで来て、いまだにちくってきている。一回ではない、二、三回らしい。この毛並みの違う挨拶、田之浦らしくて好きだ。笹だらけになっているあの畑の奥深くに犯行現場はある。
昔は四時からだった近所の銭湯は、五時からになっているという。「しんちゃん、よー」のおばさんからの情報だ。それで、今日熱いお湯を求めて八時頃にいってみたら、案の定、閉まっていた。おそらく、日曜日は休みとか、やっていても、五時から七時までの二時間営業とか、きっとそんなかんじだ。昔は四時から九時までだった。あとでしらべたら、田之浦の銭湯はネット空間に一文字も無く、吹上の銭湯は五時から六時半までの一時間半だけの営業らしい。短時間でも営業するというそのホスピタリティ溢れた振る舞いに感心する。きっとぜんぜん利益はないだろうし、顔なじみのお客さんがかわいそうだから、とか、でも本当はぎゃくに自分のためであって、人との繋がりが損なわれるのが悲しいからとか、もしくは、自分の台で銭湯を潰しては世間体が悪いとか、そんなところだ。年金の使い道は、食費以外は燃料費にしているはずだ。
下津井の昔話を語るのは、駅前商店街の復興を語るのと同義で、宇野高松間のフェリー便の増発を望むのは、シモデンの下津井児島間の復活を願うくらい無謀なことだ。現場主義というのは、現場に行ったから使える言葉ではなくて、現場にしばらく滞在して、現場から見える風景がより美しくなるように、自分もそこの風景になれるように身を投じることから始まると思う。とりあえず銭湯は健在だ。