倉敷市、いづたや跡地を購入


報道にある通り、倉敷駅から美観地区へ至る道の要所にある、玩具店土産物店「旧いづたや」跡地(367m2)を倉敷市が購入した。

 倉敷市は18日、美観地区で10年以上放置された空き店舗(倉敷市阿知)を購入したと発表した。同地区の景観を損ね、老朽化で壁が崩れるなどの危険性があるため。同市は跡地を観光施設として整備する方針で、来年2月定例市議会までに具体案を示す。
 空き店舗はJR倉敷駅から南に延びる倉敷中央通り沿いにあり、木造2階。土地、建物を所有する岡山市の家具インテリア販売業者=破産手続き中=から同日付で、土地367平方メートルを9500万円で買った。建物は市が撤去する。
 この日、伊東香織市長が記者会見で「建物は老朽化が著しく、美観地区の景観を損ねている上、壁が崩れる危険性もある」と購入の理由を説明。跡地は「観光客の回遊性を高める拠点として整備したい」と述べた。(山陽新聞
http://svr.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2009121812345656/

倉敷市が美観地区周辺に今年の春にオープンさせた「倉敷物語館」に顕著なように、最近の倉敷市が事業を主導すると、事業の結果として現れる、超リアルな産物である建築の質が、どうしても劣化する。組織の妥協の産物として生み出されるものは、いくら当初の理念が確固たるものであったとしても、責任を取りたくな人が、爆発する爆弾をぽんぽんと人に押し付け合うように、事業を消化しているようにみえる。事業というか予算かもしれない。そうではない、と中の人はいうだろうが、僕にはそう見えてしまう。直接の担当者に至っては、ほかの仕事もしながら、とりあえず一年ほど目の前の仕事をやり過ごしほかないのか。これは、地元児島に建設が決まっている「(仮称)児島市民交流センター」も同じはなし。かつて、浦辺鎮太郎設計で多くの公共施設を生み出してきた倉敷よ、かむばっく!そう、いっそのこと少数のプロジェクトチームにほとんどの権限を与えて、本気で取り組んではいかがだろうか、倉敷市様。



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元倉敷は、鶴形山南部の倉敷川(緑色)と西阿知ー倉敷ー早島とを結ぶ旧街道(赤色)に沿いながら、備中松山藩(現高梁市)の物資の集積地として発展した。青色の道は、35年ほど前にできた新しい道で、戦後の開発で誕生した水島コンビナートへの大動脈として作られた。今回倉敷市が購入した敷地は、その新しい道(青色)と古い道(赤色)が交わる場所にあり、名実ともに、美観地区の入り口といえる。かつて、この新しい道を作った後に、倉敷市は美観地区を道の東側だけとしたが、今年の始めにやっと西側に対しても、補助金制度が整っている。今年に開館した「倉敷物語館」は、重要文化財の大橋家の分家にあたる東大橋家の土地建物を購入・改修したもので、「旧いづたや」跡地と接近していることから、二つの施設による相乗効果も期待できそうだ。またまわりには、大きな空き地や林薬品空き店舗、廃業した旅館などがあり、倉敷市がコトを起こすことで、ある程度の好影響も期待できるはずだ。がんばれ、倉敷市。がんばれ、山口。