これが土壁のいいところ

今年も土壁が人気らしい。小売店風にキャッチを書くなら,「土壁,売れてます!」てな感じだ。売れてるから,あなたもどうぞ。あの人もこの人も買ってますよ。細かいことは気にせずに,どうぞドウゾとあちらからやってくる。

学生の頃,愛知県の東端,東三河という地域で,土壁住宅が造られる地域の生産体制について,調べていた。2年間の限られた時間で文献調査と現場調査が同時に行えたよいテーマだった。後にそれなりの評価を受けたから,最初の段階で,これがいいと判断した指導教官はすごいと思う。さすが泉田先生。先生は数年前には農村歌舞伎の仮設小屋の作り方を地域の長老に聞いて,その昔竹で造っていた同じ方法で再現してみせ,地域文化の再興,コミュニティの再生にも寄与している(*サイト参照)。修士課程の2年間では,土壁自体のことも調べたし,構造の専門家の協力で,力学的実験も行った。土を左官に売る商売があり,それを塗る左官がいる。塗る前に竹を格子状に縄で編む職人もいる。ある程度の需要があるから,分業できるし,職人らもそれでメシが食える。それらを一個一個あたって生の声を聞いた。

土壁自身の成り立ちで個人的にヒットしたのは,土壁を固めているのが,和紙を固めているものと同じ成分だということ。土だけでなく藁を短く切っていれるのは,そして,数週間あるいは数ヶ月放置していおくのは,この,たしかリグニンとかいう,多糖質のものが,出来上がるのを待つ時間なのだ。レンジでチンという訳にはいかない,時間がかかる。和紙と土壁が同じようにできていると言われれば,素人でも理解し易い。(この糊にあたるもの。時間の面では,適した植物を釜で似れば早くできるのだが,その工程は漆喰に使われるくらいで,大きな量を占めるベース部分の土壁には,費用対効果の低い作業だった。)

もう一つヒットしたのが,実は土壁に断熱効果がないということ。十年近く経った今となっては,世間一般の人も興味がある人は,それなりにこの事実は知っていると思う。いまでは素人向けの住宅雑誌でも普通に書かれている。でも当時はそうでもなかった。豊橋のある街道を歩きながら,聞く人聞く人多くの人が,土壁の家は夏が涼しいと,断熱の効果があると胸を張って,答えていた。何を勘違いしたのかと言うと,断熱効果があることと,熱容量があることを混同していたのだ。熱容量があるというのは,暖めるのに時間がかかるし冷めるのにも時間がかかるということ,別の言い方をすれば,蓄熱効果があるということだ。農家の人がお昼ご飯を食べる頃に,外の仕事から帰ってくると,家の中が涼しいので勘違いしたのかもしれない。断熱とは,室内外での熱の交換を遮ることであって,熱の交換が緩やかになることではない。

ついこの間のことだが,ある左官職人は,土が乾くときに小さな気泡ができるから,それで断熱効果があるんだ,と自分の息子を紹介するように,誇らしげに話していた。小さな気泡ができるというのが,ちょっとした演出効果を果たし,素人受けがいいかもしれない。断熱のしくみが空気の移動を妨げることによるという共通した点でも一理ある,いや,ない。そんなものより一番性能の低い断熱材の方が効果があるのだ。

土壁には,もうひとつ,湿度調整機能をあげることができるが,調整というとおおげさになる。湿度の高い日本にあっては,窓を開ければどっと湿気が家に入ってくる。それを全部土壁が受け取れるかというと,そんなことはない。この点は控えめに言った方がいいと僕は思っている。よくある実験結果に特記してほしいのは「実験期間中,この部屋は窓を開けたことがありません。」というただし書きだ。効果があるとすると,乾燥している冬の時期に,木と壁に含まれた湿気が排出されることくらいだろう。ここでは,美的にどうこうと言うのは別にして,もうひとつ,自然素材だからいいんだよ,とか,エコロジーでしょう?!とかいう意味のわからない世界は別にして,そしてもちろん,「土壁,売れてます!」的に商業ベースだけで振る舞っている人たちは別にして,結局のところ,土壁のいいところは何か。

結局のところ,土壁のいいところというのは,どっしりとしていて音も遮断するから,身を守る住処として安心できる,ということだし,重たくて密度があるから熱容量が大きくて,室内の温度変化が緩やかになり,蓄熱もしてくれて,その結果,身体に負荷がかかりにくいということにもなる。空調コストの節約にもなる,と言いたいが,こればかりは個人の使い方にもよるので,引っ込めておく。熱容量を大きくするのは,土壁だけでなく,レンガの壁を入れたり,広い土間をモルタルにしたりしてもオッケイだ。このように,室内に熱容量の大きなものを入れて,外断熱式でやれば,ある意味理想的かもしれない。

今後,土壁には断熱効果がありますよ,と軽々しくいう人がいたら,ああ,この人もか,と思ってくれたらいい。

(参照)
http://gamac.tutrp.tut.ac.jp/Project/AkasakaKoyagake.html