昔の家は派手だった

昔ながらの民家というのは、暗くて、不潔で、近寄り難いものだ。おまけに、玄関引き戸はガタガタ言うし、ガラスが擦り落ちそうなこともある。すきま風はあるし、壁が少なく建具だらけなので、隣の部屋の妹がウルサくしているのがダダ漏れで、読書もままならない。だから、民家は嫌いだ。第一、外観がダサい。うだつの上がらない窓際族みたいに、いつも冴えない顔をして、俺の帰りを待っている。色彩もダークな感じだ。古くなった土壁は、土が固まる力を失くして、ホコリっぽくなるし、この間けんかした時に襖紙を破ってしまって、益々貧相な感じになった。お風呂のタイルはカビだらけだし、薪で風呂を焚く生活というのもそろそろ卒業したい。もういやだ。こんな家から出て行くんだ。こんな家にいたら、一生結婚も出来やしない、俺は悪くない、家が悪いんだ。家のバカ、ばかばか、ばか。。。

民家と言うのは、よく悪者にされる。特に団塊の世代からの攻撃が一番激しい。彼らは、日本が良くなっていく時に育っているから、小さな頃に風呂の焚き付けに、小枝を集めさせられたり、破れた障子を修繕させられたり、暗い土間で食事をしたり、家に対しての「いい思い出」というのが少ない。その後、「文化的な」住宅に変わっていったので、過去の汚いものを気持ちよく捨てる。アメリカに比べて、日本の家はダサいな、というのが、評価軸の根本であって、昔ながらの日本家屋よりも、戦後に考えだされた三ヶ月くらいで完成する工法の家の方が、「いい家だ」という、感覚が強い。

そういったところで、私は日々戦っているのだが、写真のように、びっくりするような好戦的な外観を持つ、いや、見方に寄っては、とてもかわいらしい外観の住宅というのが、昔の家にはあったのである。もっとも、これは、薬屋であり、言ってみれば、住宅ではなく、店舗なのだから、冒頭の「俺」の住む、冴えない住宅と比べてはいけないだろう。でも、昔の家というのが、即、全部「ダサい」ワケではなく、創意と工夫で、こんなにもイイものが出来上がるのだ、もう少し色がつけば、和風ポップか、和風サイケかと映るほどだ。

私などは、こういった家を見つけては、ドンドンドンと、玄関を叩いて、「建築を勉強しとるんだが、ちょっと、教えてくれろ」と、ヒアリング調査を成すのであり、「なるほど、山陽道の板倉宿の端っこで、薬屋さんをされとったのか」、「ところで、跡継ぎは大丈夫か?」「仕事はあるのか」などと、世話を焼くのである。事務所へ帰っては、格子の詳細を書いて、ほくそ笑み、「次の家に使うたろか、おしおし」などと、夕食時につぶやくもんだから、「ぱぱ、どしたん?」などと、次男4歳に言われるのである(もちろん、長男8歳は最初から無視であるw)。

大事なのは、「昔を懐かしみ、それを受け継ぐ心」などでは、断じてなく、「どうやったら、次の家が楽しくハッピーにできるのか、おし、この格子、使うたろか」と考えることである。