脱産業とは、脱サラのことである。

このブログはだいたい建築のことを話すのだけど、だいたい他のことも同時に話していて、今日はその「他のこと」が中心みたいな回です。
産業ではなく生活だ。住宅というのは「産業」が誕生する以前からあったものだから、生活を前提にした住宅、生活の積み重ねでその姿が規定されていく様な住宅というのが、本来的だ。ということを、再三言っているのだけれど、では、産業が始まって以降の世界というのは、どんな世界なんだろうか、というのが、私の目下の興味で、1975年に生まれた身としては、想像でしか分からないんだけれど、想像のまま、書き連ねてみることにした。
私が生まれる200年程前(ちょっと昔すぎて、すんません)、1700年代の後半からイギリスを中心にして始まった産業革命時代は、大量生産したものを買わせる消費者がいなければ成立しない時代なのだが、それまでの支配者が農業漁業林業などをしている民を単なる労働力の塊という貧しい群衆としてしか見ていなかったところを、これらの人々にお金を与えて、品物を買わせるという、つまりは、消費者に仕立て上げていくということをしないと、産業は発達しない時代に入っていったわけで、ここにいたり、現代日本派遣労働者のごとく、極限まで搾取されていた貧農・農奴・貧乏人たちが、「消費者」や「中産階級」に引き上げられていくという、一大変化が起こったのだった。
人々を貧民から工業労働者に転職させた上で、賃金を払って消費をさせ、工業製品(産業による品物)を買わせるという経済循環の構図を世界に拡大し、儲けを世界的に増やすのが、資本家の目標となったわけで、この産業革命時代は扱うものは変わったけれども、現代も継続している時代であり、橋本治先生によると、日本の場合、近代というのは戦後のことだから、この60年程のあいだ、産業革命時代は日本全国津々浦々で続いているということになる。
彼ら労働者・消費者は、時間と身体を明け渡す代わりに、雇い主から金銭を受け取るという生活を開始し、それまで、天気と自分の体調を気にして仕事をしていた生活から、天気は関係なく、自分の体調ではなく隊長である上司の天気ならぬ気分を気にするようになり、ただし、時間無制限な仕事の仕方ではなく、ある一定時間を過ぎると、大手を振って仕事場から離れていけるという生活に変わっていったのであり、こういうのが日本で本格化したのは、ほんの60年程であり、労働者の9割がサラリーマンという現代日本においては、夕方の新橋にいけば、大手を振っている労働者に会えるわけで、彼らにインタビューをしてみたら、「ヤマグチさん、我々は貧乏ヒマ無しが常でして、家にケエッたら、飯喰うて寝るだけですわ!え!?家に何を期待するか?ですって。うーーん、とりあえず、風呂と暖かい布団があればいいですわ。あんた、学生さんかい?真面目なんだねえ。」といわれるのがオチある。
一方、都会の喧噪がイヤになり、田舎で暮らしていこうと一念発起した若者は、地方都市でもなく更に田舎に入っていき、私のように脳内でいろいろと考えることが好きな種族なので、知恵を絞って、小さな会社を興して、それなりに地域に認められて、雇用が生まれるのだが、雇用が生まれることで役所を含めた地域社会から認められマスコミからも注目され時代の最先端とか言われて、鼻高々になるのだが、その後数年経った時点での新規雇用者というのは、立ち上げ当初の仲間の様な情熱は持っておらず、夕方になると、地元の娘との間に生まれた子供の面倒を見るために、これまた大手を振って帰っていくのだから、田舎で地場産業をしているから、現代社会とは違った生き方をしているというわけではなく、おそらく当の新入社員はもらったサラリーの三割くらいが、その田舎ではなく通販と近所の大型ショッピングセンターで消費されるのであり、都会の喧噪がイヤになり脱サラしたはいいが、これまた、田舎でスケールが小さいが従業員に同じことをさせている事に気付くと言う、悪循環になり、産業革命時代の性に気付かされるのである。

本来的な意味での「脱サラ」というのは、産業革命時代の外で生きるということであり、自分の暮らしを自分でハンドリングして、仮に従業員を抱える様なことがあっても、それは短期間で止めておき、私が工務店やいろんな職人に仕事をしてもらう様な感じで、お金の流れはキレイに分離して、お金を支払ってくれる人から、各人が直接お金を受け取るようにするのがいいのであり、各人が生きることの責任を十二分に自分自身に課せる様な状態が理想であり、たまたま児島という地域が岡山県内一の個人事業主を抱える地域だからかもしれないが、別に誰かに雇用されなくても、普通に生活できるのであり、雇用されるということに安定を求めるのは、間違いであり、会社に就職することで人生安泰などというのは、おお間違いであり、むしろ、ワンパクでもいい、逞しく育って欲しいの理念で、世を渡るのが、ナウでヤングな人の生き方だと思う。

私は16歳の頃からトムクルーズとは違う方の教会に通っているが、ありがたいことにそこでは色んな立場の方に出会うことによって、多様な社会を見聞きすることができ、自分は体験していないけれども、少し話しをするだけで、経験を共有できて、いい感じだが、だいたいにおいて、信者は皆、独立心旺盛な感じで、そのためか牧師はたじたじであり、これが小銭持ちの王国・児島か、という感じである。

ところで我が長男は8歳なんだけど、そろそろ中学のことを親としては勝手に案じる時期なんだが、今流行の中高一貫という制度は、5教科以外の教科を可能な限り時間を取らないようにして、可能な限り効率よく大学受験をさせるという仕組みなのであり、「生活」をキーワードにして説明すると、「生活」に近い、5教科以外の体育美術道徳倫理音楽を出来るだけ授業で扱わないようにするのが、中高一貫システムであるので、今までこの駄文で書いてきた延長から行くと、私は長男に対して中高一貫の学校に行っては行けない、という指導をするべきで、ワンパクでもいい、逞しく育って欲しい、と指導するべきである。